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名古屋高等裁判所 昭和52年(ラ)158号 決定

抗告人 稲垣道雄

主文

原決定を取消す。

本件を名古屋地方裁判所に差戻す。

理由

抗告代理人は主文と同旨の決定を求め、その理由として別紙一、二のとおり述べた。

よつて案ずるに原決定の理由によると抗告人(和議申立人、債務者)の提供した別紙(一)の和議条件による和議は一旦昭和五二年八月一一日の第一回和議債権者集会の期日で否決され、次いで続行された同年九月二九日開催の第二回債権者集会において議決権を有する出席債権者一九名中同意一八名、不同意一名、同意した債権者の議決権額を一八四、三三八、四五〇円と認め、総議決権額(二一二、二八八、二七五円)の四分の三にあたる一五九、二一六、二〇七円を上廻るとして和議を可決として扱い同日和議認可決定を言渡したところ、右同意債権者中債権表進行番号25の債権者の投票用紙に記載された議決権額六四、一三六、四三五円は一四、一三六、四三五円の誤記であつたことが判明し結局同意した債権者の議決権額の合計は一三四、三三八、四五〇円で前記四分の三の金額(一五九、二一六、二〇七円)を下廻るから前記和議は否決された筋合でこれを可決として扱つたことは和議法四九条によつて準用される破産法三〇六条一項に違反するものであり、この欠缺は追完できないから先になされた和議認可決定は和議法五一条一号に違反するからこれを不認可と変更するというのである。

しかして本件記録(当審において提出された有限会社冨士越総業の委任状、弁護士上田潤二郎名義の上申書を含む)によると右昭和五二年九月二九日の第二回債権者集会における議決権行使のための投票用紙にその議決権額を記入し、その投票の管理集計等を行なつたのは原裁判所であり前記誤記もまた裁判所の過失によるものであつて、この誤記が存在せず右期日において和議が否決されることが明らかとなつた場合には抗告人は和議法五九条二号の期間の満了するまでの間にさらに再決議のための続行期日の指定を求め、これが許容された場合には出席債権者一九名中一八名が別紙三、の和議条件による和議に同意していた状況からみて右続行期日において出席債権者の過半数の同意を得ることも容易であると考えられること、本件和議可決に必要な総債権額の四分の三にあたる一五九、二一六、二〇七円に対し前記九月二九日の第二回期日に同意した債権額は一三四、三三八、四五〇円でその不足額は二四、八七七、七五七円であるところ、当日欠席した債権者中債権表進行番号10の有限会社冨士越総業(議決権額七、九四五、四五四円)については同期日終了後和議に同意する旨の議決権行使委任状が提出されており、また同表進行番号14の鶴原製薬株式会社(議決権額二〇、三三七、〇〇〇円)は弁護士上田潤二郎に委任して和議に同意の投票をなすべく予定していたところ当日同弁護士に急用が生じて欠席したため同意債権者としての扱いを受けなかつたもので右両債権者の分を前記同意債権額一三四、三三八、四五〇円に加えると同意債権額は一六二、六二〇、九〇四円となり可決要件の一五九、二一六、二〇七円を上廻ることとなり、もし本件和議債権者集会の続行期日が開かれるならば本件和議は可決の蓋然性が大であると考えられること、抗告人においては本件和議申立後の収入状況の変化向上並びに原決定及びこれに対する本件抗告申立により相当日時の遅延を生じている現状に鑑み従来提供していた和議条件を別紙四、「変更にかかる和議条件」記載のとおり債権者にさらに有利に変更する用意があり、本件においては和議廃止に伴う破産手続による場合に比し和議手続による方が和議債権者全員にとつても有利であり、もとより和議条件の有利変更の支障となるような事情も存しないものとみられることなどの事情を認めることができる。

右事実によつて考えるに本件和議は前記裁判所の債権額誤記の過失がなくて正常に推移するならば債権者集会での和議可決並びに裁判所の認可決定が得られてこれが確定する充分な見込があつたものとみるべく、昭和五二年九月二九日の和議認可決定を取消しこれを不認可と変更した原決定はこの正当に期待された抗告人(債務者)の利益をその責に帰せられない事由によつて一方的に奪う不当な結果をもたらすものというほかないから到底認容すべきものとは考えられない。よつて原決定は取消を免れない。しかしてこの場合前記九月二九日の債権者集会の和議可決は外形的には存在するけれどもそれは誤認した債権額によるもので実質的には否決されたのと同一の取扱いをすべきであるから以後の手続はこれに応じて進行すべきものである。そうして和議法五九条二号の規定はかような裁判所の過失が原因となつて同号所定の二月の期間を徒過したような場合にそのまま適用されるものではなく、和議認否の決定が可能となるまで相当の期間延長されるものと解するのが相当である。

以上の次第で本件抗告は理由があるから原決定を取消し、本件は抗告人の和議提供に基づいて必要に応じ債権者集会の期日を指定し、和議の可否について審議するなど和議法に定める所要の手続をさらに続行すべきものと考えられるから本件を名古屋地方裁判所に差戻すこととして主文のとおり決定する。

(裁判官 丸山武夫 杉山忠雄 上本公康)

別紙一

一、原決定は、

「・・・申立人の和議提供に基づき、昭和五二年八月一一日午後三時の和議債権者集会期日に、議決権を有する和議債権者一八名の出席のもとに投票の結果一四名同意、四名不同意で、同意した債権者の議決権額の合計は金一一〇、五五四、四五三円で、総議決権額の四分の三にあたる金一五七、四六四、六七七円に達しなかつたため、・・・否決せられ、次いで申立人の続行申請に基づき同年九月二九日午前一一時三〇分の・・・集会期日において再投票の結果、・・・出席債権者一九名中同意一八名、不同意一名で同意した債権者の議決権額の合計を金一八四、三三八、四五〇円と認め、総議決権額の四分の三にあたる金一五九、二一六、二〇七円を上廻るとして和議を可決として取扱い、直ちに認可決定を言渡した・・・。

ところが、右同意債権者のうち債権表進行番号25の債権者の投票用紙に記載された議決権額金六四、一三六、四三五円は金一四、一三六、四三五円の誤記であることが認められ、結局同意した債権者の議決権額の合計は金一三四、三三八、四五〇円で前記四分の三の金額を下廻るから前記和議は否決された筋合である。しかるにこれを可決されたとして取扱つたことは、和議法四九条により準用される破産法三〇六条一項に違反するものというべきである。・・・」

とし、

「本件和議の決議は法律の規定に反する場合で、その欠けつが追完できないから・・・本件和議認可決定は和議法五一条一号に違反すること明らかである。」

として、さきになした和議認可決定を不認可と変更する決定をなした。

二、然し乍ら、原決定の挙示する投票用紙への議決権額の記入及び投票の管理・集計等はすべて裁判所の手により行われており、右進行番号25の債権者の議決権額の誤記も裁判所の過失によりなされたものであることは明らかな事実である。

三、而して、仮に右過失が存在せずして、昭和五二年九月二九日の期日において本件和議が否決せられたことが明らかとなつた場合においては、申立人は和議法第五九条第二号の期間の満了する同年一〇月一二日までの間に、更に再決議のための続行期日の指定を求める申立がなし得たものであり、出席債権者一九名のうち一八名が本件和議に同意していた状況より見ても、右期日続行に出席債権者の過半数の同意を受け得たことは明らかであるといわねばならない。

しかも、本件和議を可決するに必要であつた総債権額の四分の三にあたる金一五九、二一六、二〇七円に対し同意した債権額は金一三四、三三八、四五〇円であり、その不足額は僅かに金二四、八七七、七五七円であり、当日欠席として扱われたため不同意として計上せられた債権者のうち進行番号10の有限会社冨士越総業(議決権額金七九四萬五四五四円)については同期日の終了後和議に同意する旨の議決権行使委任状が来着しており、これを考慮すれば実質上の不足額は金一六九三萬二三〇三円に過ぎず、続行期日が開かれた場合においては本件和議が可決せられる蓋然性は極めて大であつたこと明らかである。

四、しかも、破産手続による場合に比し、和議債権者全員のため有利なものであることは整理委員並びに和議管財人の各報告によつても明らかであり、かかる状況の下において、一片の裁判所の過失により大多数の債権者の期待に反し、本件議決の瑕疵を追完し得ないものとして、本件和議を不認可と変更した原決定は著しく不当であるといわねばならない。

五、結局、申立人としては、裁判所の過失が原因となつて再決議を求める機会を奪われたものであり、原審裁判所は自らの過失により議決の瑕疵を導きながら、当該瑕疵が追完し得ないものとして、本件和議不認可の決定をなしたものであつて、憲法三二条に違反するものといわなければならない。

六、以上の理由により原決定は破棄差戻を免れないものと思料される。

別紙二

一、本件和議申立において、和議可決の要件とせられる総議決権額の四分の三にあたる債権額は金一五九、二一六、二〇七円であつたところ、実際の同意債権額は一三四、三三八、四五〇円であつたことは、原決定の摘示するところである。而して、その不足額は僅かに金二四、八七七、七五七円であるところ、進行番号10の債権者有限会社冨士越総業(議決権額金七九四萬五四五四円)については和議に同意する趣旨の議決権行使委任状が来着していたことは、さきに主張したとおりであり、更に進行番号14の債権者である鶴原製薬株式会社(議決権額金二〇三三萬七〇〇〇円)は第二番目の大口債権者であり、大阪辨護士会所属上田潤二郎辨護士に委任し、和議に同意の投票をなすべく予定していたところ、同辨護士は急用のため来名できず、結局欠席により「不同意債権額」との取扱いを受けるに至つた事情にある。

右の如き事情からして、右同意が予定せられた債権額合計金二八二八萬二四五四円を前記同意債権額金一億三四三三萬八四五〇円に加算するとき同意債権額は一億六二六二萬〇九〇四円となり、可決要件である金一億五九二一萬六二〇七円を上廻ること明らかであつて、若し、申立人において続行期日を開かれる機会を得たとしたならば、本件和議は可決せられたであろうこと略確実であつたと認められる。(別紙上申書参照)

二、申立人においては本件和議申立後における申立人の収入状況の変化に伴い、別紙「変更にかかる和議条件」記載のとおり本件和議における和議条件を和議債権者に有利に変更する予定があり、これが変更申立の機会を求めるべく原決定の取消しと原審への差戻しとを求めるものである。即ち、

(1)  申立人は本件和議申立以降、申立人の経済的破綻の原因となつた申立外東海薬品株式会社に関する雑務並びに債権者との応対により免れ、申立人の本務である医業に専念し、少しでも多くの蓄積をなして和議債権者への配当原資に充当すべく努力中であり、既に相当額の配当原資を蓄積しつつある。

(2)  しかも、本件和議については、既に主張した如き経緯により、一旦なされた認可決定が不認可と変更され、更にこれに対する本件抗告申立により相当日時の遅延を生じている現状に鑑み申立人においては別紙添付のとおり本件和議条件を和議債権者の利益に変更する用意がある。

(3)  しかも本件においては右変更につき障害となるような事情は存在せず、この点においても原決定は取消し差戻しをせられるべきものと思料される。

別紙三

和議条件

一、和議債権者は、和議債権につき本件和議申立の日以降の利息金及び損害金を免除すること。

二、債務者は和議債権者に対し、和議認可決定確定の日から起算し、一年後に和議債権の五%を支払い、以下一年毎に五%宛を五年間支払う。

三、右合計三〇%を債務者が遅延なく支払つたときは、和議債権者は和議債権額の支払いを免除する。

別紙四

変更にかかる和議条件

一、和議債権者は、和議債権につき本件和議申立の日以降の利息及び損害金を免除すること。

二、債務者は和議債権者に対し、本件和議認可決定確定の日から一年後に元本の七%を支払い、以下一年毎に五%宛を四年間支払い、更に一年後に八%を支払う。

三、債務者が右合計三五%を支払つたときは和議債権者は和議債権残額の支払を免除する。

以上

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